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久しぶりに内田ボブを聴く

9月29日

ご近所の百々和(もものわ)農園http://momochiko777.cocolog-nifty.com/blog/のブログにナナオサカキの詩が載っていて、今日二人たちに会って、ナナオはよく大鹿に来ていたという話をしました。うちも大鹿に住んでいたので、何だか懐かしくなって、ナナオが書いた詩に曲を付けて唄っている大鹿の吟遊詩人内田ボブhttp://amanakuni.net/bob/top.htmlを久しぶりに聴いています。

彼と私は同じ歳。大鹿にいる時はよく生で彼の唄を聴きました。

1986年旧ソ連のチェルノブイリ原発事故は史上最悪の事故で、放出された大量の放射能は現地ウクライナのみならず世界中をめぐり、ジェット気流に乗って日本にも降り注ぎました。当時世界は石油に代わるエネルギーとして原子力発電が推進され、我が日本も相次いで原発が新設されていました。

チェルノブイリの事故の前、1979年にアメリカではスリーマイル原発がメルトダウン一歩手前の大事故を起こし、メルトダウンしたら誰も止められず、地球を貫き反対側の中国まで達してしまうということで『チャイナシンドローム』という映画も作られたほどの大変な事故でした。

原発はいったん大事故を起こせば大変なことになる、電気を大量の使う今の生活を変えてもっと命の流れに沿った別な生き方をしたいと思うようになりました。

1960年代後半から「もうひとつの生き方」をしていたヒッピーたちや、有機農業者、反原発運動をしていた人たちなどが一堂に会して、1988年夏に八ヶ岳の富士見で一カ月近くにわたって「いのちの祭り」というのが開かれました。

この祭りにまだ東京に住んでいた私たち家族も友達と一緒に参加しました。
大鹿からもたくさんの髪の長い新村民が参加していて、一つの村を作って作っていました。
この祭りへの参加が、都会を離れて長野での今の生活を選択するきっかけを作ったのかもしれません。

内田ボブは、当時ローリングドラゴンというバンドを組んで『おお、チェルノブイリよ』という唄を唄っていて、この曲には大きな影響を受けました。

大鹿に来た当初はよくボブの唄を聴きました。
何かというと夜誰かの家に集まって酒を飲み、酒の席には必ずボブがいてギターを弾きながら唄っていました。
出荷農家になってからは、夜は早く寝る生活になり、夜に出歩くことは少なくなって段々ボブの唄を生で聴くことはなくなりました。

今日、久しぶりにボブの『どろ足のままで』を聴いたら、20年前に長野に来た時のことを思い出しました。


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No title

素敵ですね・・
思想のある田舎の暮らし。
大鹿って本当におもしろいんだなぁ。
早くMD聞きたくなっちゃった・・・

ヒデモモちゃんへ

あれから20年、大鹿のみんなも歳とってしまったし、今は阿智の方がぶたじん以外はピチピチして活気があって面白いかも。もっともっと面白くしようね。

そのうち、振り出しにゆかりがある仲間で大鹿を訪ねようか。
プロフィール

市川勝彦

Author:市川勝彦
長野県阿智村で有機農業をしているオジサンです。長野県有機農研新規就農相談窓口。長野県里親農業者登録。郵政ユニオンOB。体の半分は福島人。今年新たに始めたのは被災地支援米プロジェクトと、原発を止める活動。原発が必要と思う人は、自分の家の隣りの原発が事故を起こしても甘受しますか。農村から都市を包囲せよ!

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