スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

松代大本営跡へ

10月30日

公民館と阿智憲法を学ぶ会の共催の行事で、松代大本営跡に行ってきました。


20101030a.jpg  像山地下壕入り口

敗色濃い太平洋戦争の末期、天皇を守るためと大本営を移転するため、長野松代に巨大な地下壕が掘られました。
行ったのは公開されいる像山地下壕ですが、近くの舞鶴山、皆神山にも地下壕が掘られ、善光寺平一帯が大本営をはじめ政府の機能を移転するための候補地とされました。

突貫工事で工事は進められ、6000人の朝鮮人と3000人の日本人が動員されたそうです。朝鮮人の中には強制連行されて働かされていた人も数多くいたそうで、強制労働で亡くなった犠牲者の数は敗戦直後すべての書類が焼かれてしまったため明らかになっていないそうです。歴史の闇の中に消されてしまったということです。


20101030f.jpg 壕内で地元ガイドさんの説明を聞く

松代大本営は完成することなく戦争は終わりましたが、国体(天皇制)の護持のために地下壕が掘られ、その時間稼ぎのために20万人が犠牲になった沖縄戦が闘われた、というガイドさんの説明に一同驚く。

さらに、戦後すぐの巡行で昭和天皇が長野に来た時、『このあたりに無駄な穴が掘られたようだが』という発言がされたが、大本営の頂点にいた天皇は知らないはずはないということでした。

私たちが戦後天皇制を残してしまったのは大きな過ちですね。


地下壕は全体のほんの一部の500メートルだけ公開されていて、公開部分の最奥には慰霊の千羽鶴がありました。

20101030b.jpg 

三角屋根の粗末な宿舎の雑魚寝で、満足な食事も休息も与えられず、地下壕の中は換気装置もなく、カンテラの灯りだけの昼夜2交代の強制労働で亡くなっていった人たちのことをおもい、心が重くなりました。


20101030d.jpg 


像山地下壕を見てから、次に隣りの「もう一つの歴史館・松代」の見学をしました。
ここは地下壕建設当時、朝鮮人慰安婦が性の奴隷として働かされてた「慰安所」を再建するために作られた施設です。



20101030c.jpg 昼食は竹風堂の栗ご飯

たいへんおいしゅうございました。


20101030e.jpg 竹風堂の隣りにある池田満寿夫美術館

入館料大人700円。
昼食後の自由時間に入館しました。
長野県が生んだマルチプレーヤー池田満寿夫。私にはどこがゲイジュツなのかわからない作品がたくさんありましたが、やはり天下の鬼才・天才なのでしょう。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

市川勝彦

Author:市川勝彦
長野県阿智村で有機農業をしているオジサンです。長野県有機農研新規就農相談窓口。長野県里親農業者登録。郵政ユニオンOB。体の半分は福島人。今年新たに始めたのは被災地支援米プロジェクトと、原発を止める活動。原発が必要と思う人は、自分の家の隣りの原発が事故を起こしても甘受しますか。農村から都市を包囲せよ!

Twitter
Twitter
    follow me on Twitter
    にほんブログ村に参加しています
    にほんブログ村 環境ブログ 有機・オーガニックへ
    にほんブログ村
    最新記事
    ホームページも見てね
    南信州阿智有機農園http://100show.jp/ 無農薬野菜販売しています
    最新コメント
    カテゴリ
    リンク
    カレンダー
    07 | 2017/08 | 09
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -
    月別アーカイブ
    検索フォーム
    FC2カウンター
    QRコード
    QRコード
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。