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四国旅行

2月3日

先月31日から昨日まで四国に行ってきました。今回行ったのは四国の西半分の高知県と愛媛県です。
中部空港から松山空港までは飛行機での往復で、乗ったのはちょっと前に車輪の事故が相次いだボンバルディア社のプロペラ機。今は問題はないとはいえ、ちょっと冷や冷やでした。
私は心の中で南無阿弥陀仏を唱え、隣りの相棒は聞きませんでしたが、多分アーメンと唱えていたことでしょう。

着いた31日は松山はスル―して、レンタカーで一路高知へ。四国山地に入ると一面の雪景色。長野と変わらない風景が広がる。強い寒波が来ていて、南国四国でも寒いし、雪もたくさん積もっていました。

高知は一緒に行ったわが相棒の母方の出身地。上士か郷士だか分りませんが、ご先祖は土佐の武士だったようです。
いつかは自分の母のルーツの土地を訪ねたいと思っていたようで、今回来れて良かったと言っていました。

私たちの娘たちは、私が福島と神奈川の雑種で、母親が高知と兵庫の雑種なので色んな血が混ざりあっているということになります。孫は父親が山形なのでものすごい雑種です。
地方だけに住んでいると離れた地方との混血はないので、雑種は都会出身者だけの特性だと言えます。

20110201a.jpg  高知城の板垣退助像

「板垣死せども自由は死せず」 。しかし、私にとって板垣退助との最初の出会いは旧百円札のおじさん。


20110201b.jpg 

高知城といえば山内一豊とその妻の千代が有名で、司馬遼太郎の『功名が辻』で全国化しましたが、私はそんな支配者の話には興味がなくて、大工と左官と石工の技術の粋を集めて作られた城郭建築の素晴らしさに感嘆しました。
機械のなかった時代にどうやってあんな大きな建造物を作ったのか、しかも造形的にも美しい、完成された作品。



20110201c.jpg  高知県立牧野植物園正門

高知城を見たあとは、高知県立牧野植物園へ。高知市の郊外にある五台山という山が丸ごと植物園になっています。

照葉樹と落葉広葉樹の混交林の中に風景にマッチした建物が散在し、牧野博士ゆかりの植物がたくさん植えられています。
私たちは2時間くらいで一回りしましたが、ちゃんと見るなら、丸一日は必要なくらい。 もう一度来てゆっくり見てみたい。

20110201d.jpg  晩年の博士、すごくリアル。

植物の分類だけに生涯を捧げた博士。その功績は限りなく大きい。




次に行ったのは高知市立自由民権記念館。
着いたのが昼食時だったので、まずは館内のレストランでランチ。

20110201e.jpg 鶏の南蛮風唐揚げ弁当


20110201f.jpg  海老フライ定食

どちらも、これに美味しいケーキとコーヒーなど選択自由な飲み物がついて何と650円。
しょうがいを持った方たちの働く場としてレストランのよう。鶏の唐揚げは美味しかったし、海老フライは先端まで身が入っているし、味もボリュームも価格も満点。
余りに安いので、ウェイトレスさんにこんな安くてやっていけるのですかと聞いたら、大丈夫ですと言っていました。 
 
美味しいランチをとった後、記念館の館内へ。年代を追って、明治の自由民権運動の始まりから、高揚期、衰退期と展示してあるのでわかり易い。

私は、自由民権運動が力を失ったあとに生まれた秩父困民党の視点から、板垣達の自由民権運動を見てきたので、自由民権運動とは旧士族階級の運動であり、困民党など農民の蜂起によって乗り越えられたものだと思っていました。

事実はそのとおりであっても、やはり板垣などの自由民権運動がなければ、その後に起きた困民党など農民の組織的蜂起は無かったのだと再確認しました。

植木枝盛、そして「大逆事件」で死刑になった幸徳秋水も高知県の出身で、もちろん坂本竜馬も。
高知県というのは近代を作った人材を輩出して来たすごい県だなと思いました。


20110201g.jpg   四万十川の沈下橋

一度は見たいと思っていた、四万十川の沈下橋。写真を撮っている間、何台も軽トラが渡って行きました。

四万十川に興味を持ったのは、第一巻から六巻まである大河小説の『四万十川・第一部あつよしの夏』でした。最初は映画で観て、次に小説の方に行きました。あとから知ったことですが、作者の笹山久三は私と同じ郵便局員。しかも、労使協調に転換した全逓に決別して、新しい旗を立てた同じ労働組合の仲間です。
私が郵便局を辞めた後、彼が新しい組合に加入したのですれ違いでした。

私は映画や小説を読んで、日本一の清流といわれる四万十川の景色ではなく、経済成長から取り残された地方に生きる人たちの暮らしの方に興味を持ちました。

小説『四万十川』では、高校を卒業した主人公が地元には職がなく、仕方なく都会の郵便局に就職することも描かれています。
今回、笹山の出身の四万十川西土佐も通りました。
確かに西土佐は耕地は殆どなく、林業は廃れ、川漁も砂利採取で漁獲量も落ちて、40年前の当時、ここで職を得て生きていくのは無理だったのでしょう。

廃れゆく地方に比べて、都会は人口が集中して繁栄し、私たち都会に住む人間は豊かな暮らしを謳歌していました。都会では仕事はいくらでもあった時代です。

『四万十川』の第二部以降は高度経済成長下の地方の疲弊や、主人公が就職した郵便局での非人間的な労務管理など段々話が暗くなって、読むのが苦しくなります。



四万十川は上流部から中流部を走り、この日は宇和島泊り。
宇和島は泊るだけでしたが、浜からは魚が揚がり、浜を望む急斜面には蜜柑が植えられ、ちょっと内陸に入ると広い農地が広がっている理想的な町のように見えました。
ただ、寒波による降雪で田んぼが一面真っ白で、道路が一部凍結していたのには驚き、まるで長野の道を走っているようで、ここは本当に四国なのかと疑いました。


旅行の最終日の昨日は、四国霊場の第51番札所石手寺に行きました。
三重塔や仁王門、本堂はとても古く歴史を感じる一方で、住職の反戦と犠牲者の慰霊を思う気持ちを感じるものが境内のあちこちにありました。

20110201h.jpg   三重塔(重要文化財)
本堂は重要文化財、仁王門は国宝に指定。


20110201i.jpg   住職の憲法9条に対する思いも深いようです

今、仏様の教えを伝えねばならない寺の多くは葬式仏教化しています。仏教が死んだ後の極楽往生を説くだけであれば、却って現実の不幸や理不尽な事柄から眼を背けさすものになってしまいます。

仏教であれキリスト教であれすべての宗教は、時の権力から独立して社会の矛盾にもきちんと向き合い、生きている間の魂の救済と幸福を目指すものでなければならないと思います。

不幸の原因は個人にもあり、社会にもあります。この石手寺は、社会にも向き合っています。

境内は色んなものがあって、洞窟マントラとか、奥の院には巨大な金色の玉ねぎが怪しげに光っていて、中には五百羅漢が置かれていたり、ボロボロになったコンクリート製のヒンズーの神様達が置いてあったり、何だか巨大なおもちゃ箱をひっくり返したような雑然さが魅力的です。


20110201k.jpg  道後温泉本館

古いのはこの建物だけ、あとは新しい建物ばかり。

もちろん入浴しました。風呂に入るだけなら400円。かけ流しで無色透明、少し臭いがする。

時間切れで、道後温泉に入って空港へ。
次に来る時は近くの旅館に何泊かして、松山城に行ったり、夏目漱石や正岡子規ゆかりの場所を訪ねたい。

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プロフィール

市川勝彦

Author:市川勝彦
長野県阿智村で有機農業をしているオジサンです。長野県有機農研新規就農相談窓口。長野県里親農業者登録。郵政ユニオンOB。体の半分は福島人。今年新たに始めたのは被災地支援米プロジェクトと、原発を止める活動。原発が必要と思う人は、自分の家の隣りの原発が事故を起こしても甘受しますか。農村から都市を包囲せよ!

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