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南三陸町、気仙沼市訪問記③

11月30日

昨日の続き。


11月26日




20111125e.jpg 

宮城県と岩手県の県境は、東西に少し放射能の数値が高いことが分かっている。
教会の雨樋の下を計ったら、2.85μシーベルト。
地上1メートルでは0.13μシーベルト前後なので、ここでは雨樋下だけがホットスポットになっている。
山本さんも気にしていて除染すると言っていた。

近くの田んぼの水路の落ち葉がたまっている所の線量もやはり高く、除染が必要だと思うが、地元の農家も行政も気づいていないかもしれない。
放射能は東電の迷惑で危険な落し物なので、落とし主が責任を持って引き取るべきである。


20111125f.jpg 

朝10時から「ネットワーク・オレンジ」で支援物資の配布が始まった。服はハンガーに吊るしたり、机に並べたりして必要な人に持って行ってもらう。
前日に作った支援品の100袋を配布したら終了。 仮設住宅に移って、服や食器が不足している方も取りに来ていた。
お米は保存できるので、いくらあってもいい感じだった。
 

20111125h.jpg 

今日、鹿折地区に復興屋台村がオープンするというので見に行く。
地震の影響で海岸地帯は沈下していて、水たまりが多い。場所によっては泉のように水が湧いている所もある。1メートル近く地盤沈下している感じだ。このままでは上に建物は建てられない。土地のかさ上げと、排水工事が必要だ。

沿岸部は全ての所で地盤沈下しているので、人・モノ・金の集中がなければこの事業は行えない。これを震災で疲弊している自治体が単独でやるのは無理だろう。国が前に出てやらなければ早期の復旧・復興はできそうもない。

いまだに手信号で交通整理をしているお巡りさんの話では、予算がないので信号が付かず手信号でやっているとのこと。
もう震災から9ヶ月近くたっているのにこれはどういうことなのか。国の予算の執行が遅れているのか、それとも県や市町村にお金が降りてくる間で詰まってしまっているのか。
進まない復興の原因のひとつに政治の不在がある。TPPなんぞにかまけている暇はない。即刻やるべきは、被災地の復旧と復興だ。
今、政治がやるべき優先順位の第一は、被災地の復旧と復興であることは現地に来てみればわかるはずだ。

20111126b.jpg 

復興屋台村「気仙沼横丁」。
オープン初日とあってたくさんの人が来ていた。ずっと、賑わっていて欲しい。
今度気仙沼に来るときは、是非ここで飲みたい。

ここに来る途中、何軒か営業を再開している商店があり、そのうちの一軒の蒲鉾屋さんで買い物をした。
店の再建は嬉しいことだ。でも、一方で再建で出来ずに廃業する店もあるだろう。何割くらいが再び店を開くことができるのだろうか。
資金力のない個人商店の自力再建は困難ではないのか。
震災前と同じ商店街の形に戻すのは難しいと思う。

気仙沼といえばカツオだが、漁が始まるまでに何とか船が接岸出来る岸壁と施設を復旧させて漁期に間に合った。
夏に気仙沼にあがったカツオを世話になった人が送ってくれた。人生で最高のカツオを食べた。
今、岸壁にはカツオ船にかわってイカ釣り船が並んでいる。漁が再開された姿を見るのは嬉しいことだ。漁業が復興しなければ気仙沼の再生はないのだろう。

気仙沼から室根に行く途中に「牡蠣の森を慕う会」の看板を見た。
三陸で牡蠣を養殖している漁師が、牡蠣の不漁が続いて、その原因は痩せた山にあることを突き止め、山の荒廃を憂える山の民と一緒に木を植える活動を始めたという話を昔きいたことがあった。
看板を見て、その場所が気仙沼であったということを知った。
山に木を植えている漁師の畠山重篤氏の養殖いけすも津波で全滅したそうだ。でも、豊かな山が戻り、生活の場の海がある限り、必ずいけすはまた再建されるだろう。 


 
午後は、前浜地区へ向かう。

20111126f.jpg

前浜に行く途中、津波に襲われた気仙沼向洋高校。三階まで津波が到達し、一部は四階も破壊されている。

津波で一帯が廃墟になった所で出会った自転車のおじさんと話をしたら、おじさんは防寒着の支給を受けに行った帰りで、親族5人が津波で亡くなったという。
この地区には高いところがなく、海から少しだけ高い場所が避難所になっていて、そこに避難した94人が津波に飲み込まれたという話をきいた。
確かに気仙沼では珍しく海岸線に平が広がるところで、ここから高く安全な場所に避難するには時間がかかりすぎる。避難弱者が逃げ遅れてしまう条件が揃っている。


連れ合いが関わった石巻と気仙沼のボランティアは、ルーテル教会の縁で行かせて貰った。

前浜地区は、仙台の教会を現地拠点にしている ルーテル教会が継続的にサポートに入っている地区ということで、現地スタッフの佐藤さんから声をかけていただき訪れることになった。
連れ合いが阿智の祭りで、前浜の方が作っているクリスマスカードを販売したこともあって、作った人に会えるのも楽しみではあった。



20111126c.jpg 

前浜地区の祭りは仮設住宅で行われていた。
3・11のあの日に本当は祭りが予定されていたという。それが津波でできなくなり、今日開催されたのだと。



20111126d.jpg  気仙沼にあがったサンマ

行ったのが遅かったので、もう祭りは終わっていたが、思わぬご馳走をいただくことになった。



20111126e.jpg  カジキマグロの刺身

凍らせてから解凍したのではなく、生を刺身にしたもの。
脂がのっていてうまかった。

前浜にはご馳走を食べに行っただけのようで、申し訳ない気がした。

夜は室根の教会で、ルーテル教会の佐藤さんも加わり交流。
聖公会、ルーテル教会とも2~3年という長いスパンでの支援の体制をとっているという。支援の対象を具体的に決めて、長期的に支援することはなかなか出来ることではないと思う。 

避難所が閉鎖され、被災者が仮設住宅に移ったが、このことで被災者が抱える様々な問題が見えにくくなったという。
震災前の同じ集落に仮設ができて、そこで知った者同士が暮らして行ければ問題は少ないのだろうが、津波で被害を受けた場所での仮設建設は出来ない。

三陸は平地が少ないので、大規模な仮設を作る場所が少なく、分散して住まざるをえない場合が多い。そうなると、震災前の住民同士の付き合いから分断されて、しょうがいを持った人や、高齢世帯などが孤立状況になりかねない。

気仙沼市民のための仮設が隣県の一関にも建てられていて、そこで暮らす人たちは大変だと思う。



27日


20111127b.jpg 

お世話になった聖公会の山本さん。



20111127a.jpg 

ルーテル教会の佐藤さん。

山本さんと佐藤さんは若いが色んな経験をされていて、私とは親子ほどの年の差があるが、話していてすごく波長が近い。こういう方たちの継続的活動は、被災地にとっても大きな力になっているのだろう。最前線で活動されているお二人に尊敬の念を感じた。
心身ともにハードな仕事なので、体を壊さないでやっていって欲しいと思う。



今日は阿智に戻る日だが、真直ぐ帰らず、少し寄り道して、岩手の陸前高田と大船渡も見てから帰ることにする。

20111127c.jpg イカ釣り船

大船渡。
沈んだ岸壁を少し嵩上げした所にイカ釣りの船が並んでいた。
近くには冷蔵施設もあって、イカ漁が再開されている。

20111127d.jpg 分別された金属のガレキ

ここも大船渡。
鉄筋の頑丈な建物だけが残り、あとは何もない更地が広がっているだけ。



志津川から大船渡まで、海水に浸かった田んぼの除塩工事は行われていなかった。
素人考えだが、短時間の海水の浸水だったので、それほど多くの塩分は田んぼに残っていないはずだと思う。

塩は水に溶けるので、水路が生きているのなら、塩分がどのくらいの深さまで染み込んでいるのかを調べて、その深さまでロータリーがドライブハローでかけ流しをしながら何度か代かきすれば、塩分は逃げていくのではないだろうか。

この時期に何も行われていない状況で、これから冬を迎えて、果たして来年の作付に間に合うのだろうか。


全体を通して感じたことは、ガレキの片付けはほぼ終わった段階だが、その後の復興の歩みは極めて遅い。
予算的なもの、地域ごとの復興の青写真が決まらないなどいくつかの要因によっての遅れだと思うが、被災地の再建、再生がなされるまでの間、社会的な生活困難者・困窮者にしわ寄せが行くような気がする。

仮設がそれまで住んでいた地域から切り離され、しかも分散して建てられている状況では、こうした人たちの存在をまわりが気づくことができなくなる可能性が大きい。

阪神・淡路の教訓をどう活かし、孤独死などを起こさない取り組みをしていったらいいのか。
行政と住民自身が取り組まないことには始まらないが、阪神・淡路を経験したボランティアとの連携も大事かもしれない。


今回みんなで作ったお米を被災地に届けて、「支援米プロジェクト」としては一つの区切りがついた。
しかし、自分としては一つ役割を果たしたものの、重い宿題を持ち帰ったような気がする。
色んなものを見て、色んな話をきいて、これから長い時間続く復旧・復興とどう関わったらいいのか、これからじっくり考えて行かねばと思う。

今回支援物資を寄せていただいた皆さん、そして、現地でお世話になった聖公会の山本さんとルーテル教会の佐藤さん、有難うございました。 

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プロフィール

市川勝彦

Author:市川勝彦
長野県阿智村で有機農業をしているオジサンです。長野県有機農研新規就農相談窓口。長野県里親農業者登録。郵政ユニオンOB。体の半分は福島人。今年新たに始めたのは被災地支援米プロジェクトと、原発を止める活動。原発が必要と思う人は、自分の家の隣りの原発が事故を起こしても甘受しますか。農村から都市を包囲せよ!

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